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東京高等裁判所 昭和22年(わ)98号 判決 1948年5月19日

上告人 被告人 小野徳蔵

辯護人 海野普吉 市毛哲夫

檢察官 田中政義關與

主文

本件上告は之を棄却する。

理由

本件上告の趣旨は末尾添附の被告人辯護人市毛哲夫同海野普吉名義の上告趣意書と題する書面に記載せる通りである。之に對して當裁判所は次の様に判斷する。

銃砲等所持禁止令施行規則第六條が銃砲等を發見又は拾得した者は速かに最寄警察官署に届出でなければならないと規定し其の届出期間に付き何日と確定期限を附せなかつた所以は發見又は拾得の場所と最寄警察官署との距離、發見拾得の時刻、其他發見拾得者の當時に於ける特殊事情等に因り即時届出を爲させることが無理と認めらるる場合のあることを考慮し一律に期間を限定せず具體的場合に於ける特殊事情をも參酌して社會通念上「遲滯なし」と認められる期間内に届出を爲さしむることとしたものであると解釋すべきである。

從つて社會通念上遲滯なしと認めらるる期間内に於ける發見拾得者の所持は銃砲等所持禁止令第一條前段第二條に觸るるものではない。然しながら右期間中の所持が違法とならないのは届出を爲す爲にする保管、所持の範圍に限定せらるるのであつて此の限度を越えて他の不法目的に之を使用すること迄も認容するの法意ではない。

右届出の期間中と雖苟も届出の爲にする保管所持の限度を越えて之を不法目的の下に使用する以上其の使用の瞬間に於て所持そのものが違法性を帶びるに至り同令第一條前段第二條に該當するものと云はざるを得ない。飜つて記録に徴するに原判示日本刀一振は所論の様に被告人が昭和二十二年一月十五日自宅に於て發見した物である所被告人は右發見後原判示日時たる同年同月十八日に至る迄右發見の旨を最寄警察官署に届出でなかつたことが明白である。尚右發見の日時から右原判示日時に至る間に於て被告人の身邊には所論の様な特殊事情が存在したばかりでなく最寄警察官署も所論の様に比較的遠隔の地に在つたことも亦記録に依つて之を推斷することができる。而して斯かる場合に於て被告人が右の届出を爲さなかつたこと自體は被告人に遲滯の責があると爲すのは社會一般の通念に照して必ずしも妥當な見解であるとは謂えない。即ちこの場合には被告人が右期間内届出の爲に單に之を保管したと云ふのであればその所持そのものは不法性を有しないと謂はなければならない。併し原判決舉示の證據たる被告人の原審公廷に於ける供述の内容を原審第一回公判調書の記載に照して仔細に檢すると被告人は原判示日時判示日本刀を以つて被告人の内縁の妻市毛シケ子を脅迫したことが明白である。而して斯かる態様に於て日本刀を所持する行爲は既に十分な違法性を帶びるものと謂はなければならない。原判決に於て被告人が判示日本刀一振を發見したる日より三日間に亘る該日本刀の所持に不法性を認めないで原判示日時に於ける原判示日本刀所持の行爲に不法性を認め之を判示法條に問擬したのは上述せる所と同様の見解に基いたものと解するを相當とする。即ち原判決は所論施行規則の法條を顧慮した上、更に上述の様な省慮に出でて、被告人に判示法條に該當する犯罪があることを認定したものであつて其の間所論の様な法令を不當に適用した違法は存しない。

論旨は理由がない。

右の次第であるから刑事訴訟法第四百四十六條に依つて主文の様に判決する。

(裁判長判事 佐伯顯二 判事 久禮田益喜 判事 八木田政雄)

上告趣意書

第一點原判決ハ法令ヲ不當ニ適用シタル違法アルモノト信ズ。

原判決ハ其ノ理由ニ於テ被告人は法定の除外事由なく且つ地方長官の許可を受けずして、昭和二十二年一月十八日鹿島郡六谷村大字田崎二千八百四十九番地の自宅に於て刄渡約五十六糎の日本刀一振(證一號)を所持したものであるト判示シ、被告人ノ右判示所爲ハ銃砲等所持禁止令第一條第二條同施行規則第一條ニ該當スルモノト爲シタコトハ明カナリ。

然レ共今銃砲等所持禁止令施行規則第六條ヲ見ルニ銃砲等を發見又は拾得した者は速かに最寄警察官署に届出なければならない、トアリ銃砲等所持禁止令施行規則ハ銃砲等ノ發見者又ハ拾得者ニ對シ之ヲ速カニ最寄警察署ニ届出スベキ義務ヲ規定セリ。

サレバ右届出義務ニ違反セザル限リ銃砲等ノ發見者又ハ拾得者ガ之ヲ所持スルコトアルモ何等違法ヲ以テ目スベキニ非ズ。換言スレバ銃砲等ノ發見者又ハ拾得者ハ右施行規則第六條ニ所謂「速カニ」ニ該當スル期間内ニ於イテ右銃砲等ヲ所持スルコトアルモ之ヲ以テ銃砲等所持禁止令違反該當ノ所爲ト爲スヲ得ザルモノト謂ハザルベカラズ。蓋シ之ヲシモ尚銃砲等所持禁止令違反ニ該當スルモノト爲サバ、銃砲等發見者ハ銃砲ヲ發見スルヤ否直チニ右禁止令違反ノ責ヲ負ヒ其ノ拾得者ハ銃砲等ヲ拾得スルヤ否直チニ該禁止令ニ違反スルモノト爲サザルヲ得ザルニ至ルベク、斯カル結果ノ不合理ナルハ敢ヘテ呶々ヲ要セザルベシ。而シテ右第六條ノ規定ニ依レバ銃砲等ノ發見又ハ拾得シタル事實ノ届出期間ハ單ニ之ヲ「速カニ」ト規定スルノミニシテ確定期限ヲ指示スルトコロナシ。惟フニ右「速カニ」ト規定シ確定期間ヲ指示セザル所以ノモノハ銃砲等ヲ發見又ハ拾得シタル場合ハ之ヲ最寄警察署ヘ届出ヅルニハ發見又ハ拾得個所ト警察署トノ距離或ハ家庭ノ事情ニ依リ警察署ヘ届出ヲ爲シ得ルニ至ル程度ノ難易等ヲ考慮シタルニ因ルモノナルコト窺知スルニ難カラズ。從テ右「速カニ」ナル期間ハ各具體的場合ニ於テ各客觀的事情ノ差異ニヨリ夫々長短アルベキハ當然ノ事理ナリ。唯該期間ノ長短ヲ決スルニ付テハ之ヲ一般社會ノ通念ニ照シ所謂「善良ナル管理者ノ注意」ヲ以ツテ其ノ標準トナスベキナリ。從テ所持スル銃砲ガ發見又ハ拾得ニ係ル場合該所持行爲ガ銃砲等所持禁止令ニ違反スルヤ否ニ付テハ裁判所ハ前述諸事情ニ付審理ヲ遂ゲ、發見又ハ拾得時ヨリ右所持行爲ニ至ル迄ノ期間ガ前陳「速カニ」ニ該當スル期間内ニ包含セラルルモノナリヤ否ヲ認定セザルベカラズ。

今之ヲ本件記録ニ付檢討スルニ原判決引用ノ證據タル被告人ノ原審公判廷ニ於ケル供述(記録七六丁以下)ニ問 此ノ日本刀ハ誰ノモノカ。答 私方ニズツト昔カラアツタモノデ私ガソノ刀ガアツタノヲ知ツタノハ昭和十六年頃デシタ。母ノ隱居家ニアツタ二本ノ内一本デス。一本ハ中カラ折ツテ仕舞ツタノデスガ此ノ刀ヲ藏ヒ失シテ何處ヲ何回深シテモ見付カラナカツタノデス。處ガ家ノ造作ヲ大工ニ遺ラセテ居ルト箪笥ノ後ロカラ此ノ刀ガ出テ來タノデス。ソノ日ハ田中清方ノ祝儀ノ三日前デスカラ本年一月十五日デアリマス。問 何故直グ届出ナカツタノカ。答 御祝儀ノ手傳ニ行ツテ居タリ駐在所カラ一里半位離レテ居マスノデ遂遲レテ仕舞ヒマシタ。ト記載アリ。而シテ第一審公判調書(記録四七丁以下)ニハ右ヨリ稍々詳細ニ問 被告人ハ日本刀ヲ何ウシテ持ツテ居タノカ。答、昔先祖ノ代カラ家ニアツタ品物デアリマスガ其ノ日本刀ハ母ノ隱居屋カラ昭和十六年中同家ヲ修理スル時押入カラ出タモノデソレヲ私ガ家ヘ持ツテ來テ麻ノ袋ヘ入レテ箪笥ト押入ノ處ノ下ヘ入レテ仕舞ツテ置イタモノデアリマス。問 何ンノ爲ニ其ノ日本刀ヲ持ツテイタノカ。答 別ニ理由ハアリマセンガ私方ニ昔カラ傳ヘラレテ居タノデアリマスノデ私モ保存シテ置イタノデスガ家寶ト云フ品物デアリマセヌ。問 被告人ノ家ニハ何ウシテ刀劍類ガアルノカ。答 私方ニ日本刀ガ何ウシテアルノカ知リマセヌガ昔カラ傳ヘラレテ居ルモノデス。私ノ家ニハ三本日本刀ガアツタノデシタ。其ノ中一本ハ他ニ讓リ、一本ハ鉈ヲ作ツテ仕舞ヒ殘リ一本モ戰争中ニ賣ツテ仕舞フト思ツタノデシタガ軍刀ニハ短イノデ買フ人ガナク仕方ナク其ノ刀ヲ箪笥ト押入ノ間ノ床ノ下へ仕舞ツテ置キ其ノ儘私ハ忘レテ仕舞ツタノデアリマス。問 處ガ其ノ後刀劍類ハ警察署ヘ届出ヲシナクテハナラナイ事ニナツタノデハナイカ。答 昭和二十一年十二月末頃デアツタト思ヒマスガ部落ヘ其ノ様ナ回覽板ガアリ知リマシタノデ私方ニモ日本刀ガ一本アツタノデ探シテ見タノデスガ見當ラナカツタノデ其ノ儘ニシテ仕舞ツタノデス。問 其ノ回覽板ガ廻ル以前ニ刀劍類等ハ届出ナケレバナラナイト云フ事ヲ世間デ騒イダコトモ知ラナカツタノカ。答 全然回覽板ガ廻ツテ來ル以前ハ知リマセヌ。又世間デ刀劍類ヲ持ツテ居ルモノハ警察署ヘ届出ナケレバナラナイト云フ様ナ事ヲ騒イデ居タコトハ全ク知リマセンデシタ。處ガ本年一月十五日頃ト思ヒマシタガ押入ヲ修理スルノデ大工ヲ頼ミ其ノ押入ニ置イタ箪笥ヲ持出シタ處其ノ下ニ忘レテ居タ日本刀ガ一本置イタコトヲ發見シタノデアリマス、ソレデ早速駐在所ヘ届ケ様ト思ツテ居リマシタガ私方ヨリ村ノ駐在所ガ約一里半許リアリマスノデ遂延々ニナツテ居ル内ニ警察ニ知レテ仕舞ツタノデアリマス。云云トノ供述記載アリ、由是觀之、被告人家ニハ祖先代々傳へ來リシ日本刀アリタルモ被告人ハ之ヲ知ラザリシ處昭和十六年頃隱居家ヲ修理シタル際、右日本刀ガ出テ來タリタルヲ知リ、之ヲ主家ニ持歸ヘリ箪笥ト押入ノ間ノ下ニ保管シ置キタルモ其ノ後被告人ハ時日ノ經過ト共ニ右日本刀ノ保管個所ヲ全然忘失シテ居タルモノナリ。然ル處被告人ハ昭和二十一年十二月、銃砲等所持禁止令施行ニ依ル刀劍類供出ノ件記載ノ回覽板ニヨリ自家ニモ前記日本刀アリタルコトヲ想起シ之ヲ捜索シタルモ遂ニ發見スルニ至ラズ、或ハ已ニ紛失シタルニ非ザルカト已ムナク其ノ儘ニナリ居タル處、昭和二十二年一月十五日被告人住宅ノ修繕ノ際、前記保管個所ニ右日本刀アリタルヲ發見被告人ハ之ヲ村ノ巡査駐在所ヘ届出ヅベク思ヒ居リタルガ右駐在所迄ハ一里半ノ遠距離ニシテ且其ノ頃親戚ニ婚禮アリテソノ準備手傳等ノ爲未ダ該届出ヲ爲シ得ザリシ内本件發生ニ及ビタルモノナリ。

右ニ述ベタルトコロニヨリ明カナル如ク本件日本刀ハ被告ノ所有ニ係ルモノナルモ、前記昭和十六年本件日本刀ヲ自宅屋内ニ藏置シタル後、被告人ハ其ノ藏置個所ヲ全ク失念シ居リタルコト明カニシテ、前記回覽板ニヨリ昨年十二月自宅内ヲ捜索シタルモ發見スルニ至ラズ已ニ紛失シタルモノト思ヒ居リタルトコロ、本件發生前三日ナル本年一月十五日圖ラズモ之ヲ見出シタモノナルヲ以テ銃砲等所持禁止令施行規則第六條ニ所謂「發見」ニ該當スルコト疑ノ餘地ナシ。而シテ右發見日時ヨリ本件發生日時迄ハ僅カ二、三日間ナリ。其ノ最寄警察署ニ届出ヲ爲スヲ得ザリシハ村ノ巡査駐在所ガ一里半ノ遠距離ニアル爲ト且親戚ノ婚禮手傳ノ爲事實上所用ノ爲他出スルヲ得ザリシガ故ナリ。是レ寔ニ已ムヲ得ザルモノニシテ地方農村ニ於ケル農家ノ日常生活状態トシテハ極メテ自然ノ成行ト謂フベク被告人ニ對シ前記發見ヨリ僅カ三日間ノ中ニ本件日本刀ノ届出ヲ期待スルハ明カニ妥當ナラズト謂ヒテ可ナリ。換言スレバ右三日間ノ期間ハ本件ニ付テハ銃砲等所持禁止令施行規則第六條ニ所謂「速カニ」ニ該當スル期間内ニ包含セラルルモノト爲サザルベカラズ。サレバ該期間内ニ於ケル本件日本刀所持行爲ハ何等違法ヲ以テ目サルベキニ非ズ。果シテ然ラバ本件ニ於テ昭和二十二年一月十五日本件日本刀ノ發見アリ原判決ガ其ノ僅カ三日後ナル同十八日ノ本件日本刀所持行爲ヲ以ツテ銃砲等所持禁止令第一條第二條同施行規則第一條該當ノモノトナシタルハ是レ明カニ同令施行規則第六條ノ明文ヲ顧慮セザリシニ依ルモノニシテ法令ヲ不當ニ適用シタル違法アリ。到底破毀ヲ免レザルモノト信ズ。

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